クリエイター訪問

嫌なことはなにひとつやらない、好きなことだけやっていく <門蔵商店> 江口良一

大通りから細い路地に入った商店街の一角に昭和レトロ満載の店がある。戸を開けて店内に足を踏み入れると、タイムスリップしたかのように隅から隅まで昭和一色、目移りするほどアイテム数も多い。今回は昭和60~70年代の洋服と雑貨を取り扱っている門蔵商店の店主、江口良一さんに話を聞いた。

死ぬほど嬉しかったスペインからの来店

2年前、江口さんのFacebookアカウントに一通のメッセージが届いた。開封したところ“2ヶ月後、わたしはあなたの店に行くでしょう”と英語で記されており、発信者は見知らぬスペイン人女性だった。半信半疑のまま時を過ごしていると、当の彼女は2ヶ月後、予告通りに来店した。

「サイケデリックなものに興味があって、グラフィックデザインもやっているようだったんだけど、初来日でウチを目指して来てくれたことに死ぬほど感動しちゃって。日本の60~70年代のものはどこにもないらしく『あなた、マドリードに来たら大成功するわよ!』って言われて」

互いに言葉が上手く通じない中、その日の夜は店から移動して新宿ゴールデン街を案内した。さらに後日、観光や買い物にも付き合った。そして彼女が日本を発つ日“サヨナラ、サムライ”とのメッセージが届き、居ても立ってもいられなくなった江口さんは店を閉め、成田空港へと急いだ。

「彼女のスマホの調子が悪くて直接連絡できなかったから、空港で働く知人に頼んで、アナウンスで呼び出そうとしたんだけどダメで。人が多いから無理かなって思っていたら、奇跡的に売店の近くでバッタリ会って、駆け寄ってきて抱きつかれた(笑)外国の子の感情表現ってすごいなって、照れ屋な僕は感動しちゃって」

感動的な出会いと別れからしばらく経って、スペインに行くという友人に彼女への手土産を託すと、お礼代わりのビデオレターが届いた。遠く離れた国で暮らす彼女との縁は今も続いている。

ヒッチハイクで東京に行きたかった

江口さんが生まれ育ったのは福岡県八女市。茶の産地、ホリエモンこと堀江貴文氏の出身地としても知られている。男3兄弟の次男で、父は自宅の1階で工場を経営していた。小学生の頃、名古屋に転居し、再び八女市に戻ってきたという転校経験もあって、暗いのにちょっと目立ちたがり屋という面倒くさいヤツだったとのこと。小学校、中学校を卒業し、進学したのは現在の仕事とは無縁の農業高校だった。

「とにかく勉強をしなかったから、ほぼほぼ落ちないという理由で家から徒歩3分の農業高校を選んで。林業とか畜産とか他の学科は昼休み中にバスで移動しなきゃならないんで、移動のない施設園芸を希望して、先生と相撲を取ったり、授業の邪魔ばかりしているふざけた生徒だった(笑)」

3年生になり進路を決める時期になっても、将来のことはまったく考えていなかったという。農業高校だけに全体の8割が就職希望で、そのほとんどが就職先を決めていた時期になり、先生に呼ばれた江口さんは重い腰を上げるようにはじめて進路指導室に足を向けた。

「地方独特の閉塞感みたいなのが嫌で、そのときは漠然とヒッチハイクで東京に行くことを考えていて。指導室で手に取った会社案内のパンフレットの2冊目くらいに不動産とかレジャー関係の会社があって、そこに載っている社員がフザけた人ばかりで面白そうだったから、先生にここでいいと言って、実際に受けたら受かった」

ヒッチハイクこそ実現しなかったが、就職という形で江口さんは地元を離れ、東京に行くことになる。

居候生活を経て茨城県つくば市に移住

上京後は元住吉の社員寮に入り、新宿や六本木など繁華街の店舗で勤務した。東京=警察24時のような光景を思い浮かべた母が心配して毎日のように電話をかけてくるほど、地元とのギャップは大きかったが、刺激に溢れていて嫌にはならなかったらしい。

「3ヶ月目で問題を起こして寮を追い出されて、経堂に移動させられて。そのときはじめて元住吉が東京じゃないってことに気づいた(笑)」

音楽など共通の趣味を持つ友人もでき、東京での生活に馴染んでいく一方で、会社の仕事は思った以上にハードだったとか。

「勉強しなくても入れるような会社だったから変なヤツばかりで。パチンコ、ライブハウス、レストラン、ディスコとかの事業をやっていて、体育会系で飲み会は多いし仕事はきついしで、みんな大体3ヶ月くらいで辞めていくの」

江口さんも諸事情により、約1年半後に退職。といっても転職したわけではなく、友人を頼りながらの居候生活を送るようになった。

「(プロレスラーの)キラー・カーンのバーに面接に行って落とされて。あそこを落とされるなんてよっぽどなんだと思ってショックで。その後はほとんど働いていなかった。経験してわかったんだけど、3ヶ月も居候していると友人との関係性に暗雲が現れるのね(笑)だからそうなる前にお宿を転々としていた」

根無し草のような生活に慣れてきたころ、楽して金銭を得る方法として臨床治験バイトの存在を知り、茨城県つくば市に行くようになる。

「臨床治験のバイトは半年やったら半年は休養期間を空けなくちゃならないから、その間に住み込みで働ける工場に勤務したり、なにもしなかったり。家がないから荷物も増やせないし、なんにも考えないまま食べたり遊んだりしていた」

そんなある日、工場勤務の仲間に誘われて訪れた笠間で陶芸に触れ、そこで出会った白髪の陶芸家がかっこよく見え、ちょっとやってみようかという理由でつくば市内にアパートを借りた。生活拠点ができたことで、将来のことを少しずつ考えはじめ、以前から好きだった古着や古道具の買い取り、販売へとつながっていく。

好きな人は探してでも来てくれるから

「工場が休みの日に車と名刺を使って、古いものを買い取って、欲しいという人にそれを売っていた。瀬戸物、時代箪笥、古美術まではいかないんだけど和の古道具とか。あと古着は東京にいたころから好きで。普通の洋服は高いから買えないんだけど、古着は安いし被らないしで最高だと思っていた」

30歳になった江口さんは車5台くらい入るガレージを借り、内装も自分でやって、本格的に商売をはじめる。主力の古着に関しては経験こそなかったものの、いつかそういうことをやると思っていて、フリーマーケットなどで買いためておいた。当時、まわりに家はなく畑ばかりだったが特に気にならなかったという。

「好きな人は探してでも来てくれるから、よろしくお願いします的なことはやらなかった。ただブログはやった方がいいと言われて立ち上げてもらったんだけど、パソコン音痴なのでしばらく放置してたら、ログインできなくなった(笑)」

人との関わりは少なかったが、店を訪ねてくれたお客さんが同業者だったり、その縁でイベントにも出店していた。しかし、9年間続いたガレージの店は、道路拡張の区画整理のため移転を余儀なくされる。

「(店はともかく)ガレージがなくなると遊び場もなくなるので、前から欲しかったバスを買って。そのバスというのも、勝田の国道沿いに停まっているのを偶然見つけて、書置きを残したら、後日電話をもらってウチに来て。実はそのとき乗っていた車も同じ方法で手に入れたんだよね」

そして2014年5月、土浦市に移転し、広くなった新店舗での営業をスタートさせた。駅からやや遠くアクセスこそよくないが、部屋が複数に分かれていて、“夢のらせん階段”もあり、概ね希望を満たす物件だった。古着やレトロ雑貨のほか、2階ではアーティスト写真などを撮影できるフォトスタジオ、飲食が楽しめる喫茶ミカドの設置と店内を充実させる一方で、見直さなければならない部分も出てきた。

なにがホントの贅沢なのかはわかっているつもり

「移転後は家賃とか毎月経費がかかるから、前みたいなペースでやっていたら続かないなと思って、いろんなところに顔を出すようになった」

足を使った営業活動に加え、TwitterやInstagramなどSNSを活用。これまで以上に積極的に情報発信していった結果、検索でヒットしての来店率は高くなった。県内はもちろん、東京や名古屋という遠方からの来客も少なくない。しかしながら、売上が伸びたり状況が変わったりしても、仕入れや商売の基準を変えることはないという。

「もし店を閉めることになって、好きでもない商品が売れ残っていたらいたたまれない気持ちになるから。好きなものだけ仕入れて、好きな人だけに売っていこうと。たくさん稼ぐことが勝ちというならば、こんなニッチな商売は選ばないでしょ?セレブだのサブレだの勝ち組とか負け組とか言われたりするトンチンカンな世の中だけど、なにがホントの贅沢なのかはわかっているつもり。そんなわけで多少の貧乏にも耐えられています(笑)嫌だと思うことはなにひとつしないというのを目標にしていて、今はそれがだいぶできているかな」

江口さんは本業と並行して、バンド活動にもちょっとだけ真面目に取り組んでいる。筑波山つつじヶ丘にあるガマランドのテーマ曲「(つくば非公認)テーマオブガマランド」を勝手に制作中のようで、みなさんお楽しみにとのこと。

「東京にいたころから派手な格好はしていたんだけど、茨城で30歳を過ぎた辺りから、アレ?ちょっと大人しくなっていない?と思いはじめ、すぐさまバンド活動を計画した。音より衣装を旗印に(笑)今後は店とイベントとバンドを上手くリンクさせられたらいいかな。もっと早くやっていればよかったんだけど」

現在、計画しているのは着物をリメイクして、ガウンのように着られるヒッピーテイストの短い羽織をつくること。オリジナルブランドとして商品化し、門蔵商店や他店にて販売、海外展開も視野に入れているという。

時間が止まったような店内で、江口さんは好きな道を思うがままに歩み続けている。

江口 良一(えぐちりょういち)

1973年 福岡県八女市生まれ

門蔵商店(かどくらしょうてん)

〒300-0825 茨城県土浦市霞ケ岡町5-10
【URL】http://kadoshyo.exblog.jp/
【TEL】080-5077-5250(12:00~19:00 火曜定休・臨時休業あり)

PHOTO BY 第二映像企画 吉村弘幸
http://d2eizo.jp/

工藤 由行

工藤 由行

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こだわらないことがこだわりのライター&コンテンツエディター&TSUKURI-BACO編集担当。札幌市出身、仙台市経由、筑波サーキットに流れ着いてから20年以上。バイクレーサー→システムエンジニア→ピン芸人→タロット占い師→今ココ。ピン芸人時代と占い師時代に養われた、間とリズムのつくり方、言葉の引き出し術が今の仕事に役立っている。現在はコンテンツ制作とECコンサルがメイン。平面的な構成は得意だが、空間が苦手というか意味がわからないレベル。ソウル国際マラソン、シンガポール国際マラソン完走。おいしいレタスチャーハンの研究とゴルフでわざと遠回りすることで余暇を埋めつつ、新しい趣味を探査中。

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