クリエイター訪問

笑顔は幸せの種、人との縁を大切にしたい <SMILE CAMERA> 梶山泰央

木の香りに誘われて階段を上がると、白く、温もりに満ちた空間が広がっている。フォトスタジオSMILE CAMERAは写真で人を笑顔にしたいという想いからそう名付けられ、2014年にオープン。スタジオを経営しながら、フォトグラファーとして表現の可能性を追求する梶山泰央(かじやまやすお)さんに話を聞いた。

シャッターを切った瞬間、電流が走る

梶山さんがはじめてカメラを構えて被写体と向き合ったのは、仲間とバーベキューを楽しんでいた24歳のとき。スナップ写真を撮っていた後輩からカメラを手渡され、それとなくシャッターを切った瞬間、体中に電流が走ったという。

「実は当時カメラをちょっと馬鹿にしていたんですよ。マニアックというかオタクっぽい趣味という理由で。ところがファインダーを覗いて、シャッターボタンを押したときのカシャっという音といいミラーが閉じる感覚といい衝撃的な体験でした」

翌日には自分用の一眼レフカメラを購入し、好きなものを撮り続け、写真をブログにアップするなどライフワークのひとつとして楽しむようになる。あるフォトコンテストの月間賞に選ばれたことで自信がつき、ドップリとその世界にはまっていった。

「あのとき彼がいなかったら、カメラを手渡されなかったら、今絶対にこの仕事をしていませんね(笑)」

地方公務員として過ごした20年

梶山さんは上野で生まれ、埼玉県川口市で育った。高校卒業後は志望大学への進学が叶わず、しばらくして、祖父が立ち上げたコンピュータ関連会社で働くようになった。

「バブルで景気も良く、人も雇って会社は順調でしたが、身内である自分を見る周囲の目や、やがて会社を継ぐというプレッシャーに対し、若い頃の自分は十分に期待に応えることができませんでした」

3年間勤めた会社を辞め、以降はフリーターとして様々な職を経験。バーテンダー、ビリヤード場、アパレルショップ、変わったところでは現金輸送車にも乗った。

その後、公務員だった父親のすすめで東京都職員の採用試験を受けて合格。下水道局の職員として働くことになった。ようやく安定した職に就いたものの、試験を受ける前からあまり乗り気ではなかったとのこと。

「両親を納得させるためにとりあえず受けてみたら、運よく受かってしまったという感じです。今振り返ってみても、仕事自体が楽しかったかといえばそうではありませんでした。保全管理業務が主だったので、機械より人を相手にした仕事がしたいと思っていたんです。ただ、職場では人間関係に恵まれていましたので、同僚や仲間と共に趣味やプライベートを充実させることで、仕事は仕事と割り切って働いていました」

与えられた職務と向き合いながら、結婚、転居、子どもの誕生という人生の節目を経験しているうちに、20年の歳月が過ぎていった。

震災を通じて生きる意味を再確認

梶山さんに大きな転機が訪れたのは42歳のとき。2011年に起こった東日本大震災がきっかけだった。自身も被災者ながらボランティアとして宮城県に足を運び、戦場のような光景を目の当たりにして息を飲んだ。さらに年の近い先輩の突然の死など不幸が重なり、命や自分の使命を深く考えるようになった。

「震災や事故、病気などで、突如無念にも人生の幕を閉じる方を目にしてきたことで、限りある命を大切に過ごそう。そして人さまのお役に立ちたい、幸せのお手伝いがしたい。という想いが心の中で強く芽生えました」

とはいえ具体的になにをしていいのかわからず悩んでいたとき、奥さんから「写真、やってみれば?」と言われる。だが、それを聞いたところでピンとは来なかった。

「プロとしてやっていくなんてまったく考えていませんでした。なぜなら写真が人の幸せにつながるとは思っていなかったので。ただ、よく思い返してみれば、写真を撮って人にあげたらすごく喜んでくれていて。最初は小さな種でも蒔いているうちに大きな未来や幸せにつながるのでは?と気づき、なんかストンと落ちました」

梶山さんは特にアテがあるわけではないまま退職を決意、当初周囲は心配し反対したが互いの両親だけは賛成してくれた。最終的には職場の仲間も温かく送り出してくれた。

「妻に『やりたいことをやりなよ。生活に困ったら私が働くから』と背中を押され、信じてもらった気持ちを裏切っちゃいけないと思いました。大きな勇気になりましたね」

経営者と表現者、あるべき姿を追う

独立後の初仕事は知人の誘いで参加したイベントでのワンコイン撮影だった。機材一式を持ち込み10数枚撮影後、その中から1カットを選んで購入してもらうという出張サービスで手ごたえをつかむ。

「当たり前ですが、プロとして撮影するので失敗は許されません。とても緊張しましたが、ありがとうという感謝の言葉が本当に嬉しかったです。これだという充実感はありました」

そして2014年10月、茨城県龍ヶ崎市にフォトスタジオSMILE CAMERAをオープン。ホームページを開設し、ブログを書きはじめた。

「自営業の経験がゼロだったので、なにをやっていいのかわかりませんでした。わからないなりに食べていくためにはビジネスとして成立させなければならず、やりたいこととやるべきことの区別に迷いました。SMILE CAMERAを沢山の人に知ってもらうためにはじめたワンコイン撮影はとても好評でしたが『次のワンコイン撮影はいつですか?』と聞かれることが増えてしまいました。喜んでもらえるのは嬉しいけど、このままでは生活が成り立たないと感じました」

梶山さんはそのことがきっかけとなりワンコイン撮影をやめ、周囲のアドバイスを受けながら表現者としてあるべき姿を追いはじめる。以降はスタジオを軸に自身の価値を高めつつ、やりたいことをやり、お客様にも喜んでもらえるような環境づくりを目指した。

「撮影に際してはお客様のご要望を聞いてからイメージをつくり、サンプルを提示しながらこうしてみませんかという提案をします。言われたことをそのまま撮るのはどこでもできるので、ウチがウチであるために与えられたお題をどう料理するかというチャレンジを繰り返しています」

拠点はフォトスタジオだが、屋外撮影の機会も多く、これまでに着想したアイディアの数々を具現化している。

「映画のワンシーンを観て、撮影のヒントを得ることは多いかもしれません。あと屋外だと風が吹いてきたりとか、時間の経過とともに面白い変化があるので、ワクワクしながらそのライブ感を楽しんでいます」

なにごともアウトプットすることが大切

2017年10月、SMILE CAMERAはオープン3周年を迎えた。

「あっという間でしたが、よく3年持ったなというのが正直な感想です(笑)」

3年続けているうちに不定期開催の写真教室、曜日限定でオープンするカフェ「2525Cafe」のマスターなど、縁をつなぐように仕事の幅が広がっていった。

「実は昔、学校の先生になりたかったんです。だから写真教室という形で夢が叶ったという感じでしょうか。一般的に教室は伝えるだけの一方通行になりやすいので、理解を深めていただくためにも双方向でのコミュニケーションを心がけています。生徒さんから『写真が好きになりました』と言われると本当に嬉しいです」

本業である撮影以外のラインによって、普段接することのない人たちとの交流が生まれた。と、同時にアウトプットすることの大切さを知ったという。

「写真を撮りはじめたころからLC-AというLomographyのフィルムカメラを持っていました。ある日、Lomographyのインスタントカメラがあるということを知り実際に買ってみました。インスタントカメラで撮影した写真や昔LC-Aで撮った作品をSNSにアップしたんです。するとそれを見たロモジャパンの方から電話がかかってきて、代理店契約に至りました。Lomographyの正規代理店は茨城の個人店だとウチしかありません(2017年10月現在)」

最近では国内最大級のフォトビジネスフェア「PHOTO NEXT 2017」のセミナー講師として、同じプロの聴講者を前にマイクを握った。

「普通、ああいう場所ではノウハウやテクニカルなことは話したがらず、持論や成功論に終始しがちなんです。でも聞きに来られる方は高いお金を払って、絶対になにか持ち帰ろうとしているので、熱量がすごくて。だから僕もそれにこたえようと、ライティングなどこれまで苦労しながら学んできたことを全部伝えてきました」

最後にフォトグラファーとしての夢を聞いてみた。

「いつかアップルや世界的な企業の広告写真を撮りたいですね。自分の夢は人に笑われようが、なんと言われようがしっかり伝えていくべきだと思うんです。言葉にして伝えることで、夢に近づき、叶うと信じています」

梶山さんはファインダー越しに大きな夢を見つめながら、幸せの種を撮り続けている。

梶山 泰央(かじやま やすお)

1969年 東京都台東区生まれ

SMILE CAMERA

【URL】https://www.smilecamera2525.com/
【TEL】080-3307-3401(10:00~17:30 月曜定休)

工藤 由行

工藤 由行

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こだわらないことがこだわりのライター&コンテンツエディター&TSUKURI-BACO編集担当。札幌市出身、仙台市経由、筑波サーキットに流れ着いてから20年以上。バイクレーサー→システムエンジニア→ピン芸人→タロット占い師→今ココ。ピン芸人時代と占い師時代に養われた、間とリズムのつくり方、言葉の引き出し術が今の仕事に役立っている。現在はコンテンツ制作とECコンサルがメイン。平面的な構成は得意だが、空間が苦手というか意味がわからないレベル。ソウル国際マラソン、シンガポール国際マラソン完走。おいしいレタスチャーハンの研究とゴルフでわざと遠回りすることで余暇を埋めつつ、新しい趣味を探査中。

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